新しい記事を書く事で広告が消せます。
親を見送るとはなんと辛いのだろうか・・・・
2008年11月8日 0:57 79歳
たった一人の父親がこの世を去った。 最期は間に合わなかった・・・・
直接の死因は、 「 慢性呼吸不全急性増悪 」
肺気腫で気胸の手術もしており、5分の2しか働いていなかった肺。
肺炎は命取りになるから気をつけてと言われていたけれど、その通りになってしまった。
11月2日 日曜日の早朝、
救急車を呼び、前に二回入院した病院へ行って下さいと頼んだけれど連絡したら断られ、
次に探した病院にも拒否され、その次に電話した病院がやっと受けつけてくれて入院。
でもこの病院が嫌いだったんだよね、私も慣れてる前の大きな病院へ移動させたかった。
でも弱ってきて移動は無理になりそのままそこで。
もしも前の病院なら助かったんじゃないかと思ったりして・・・・
11月7日 夜10時頃に急変したらしいけれど、電話がかかってきたのは0時頃だった。
遅いよ、家が遠くてすぐには行けないのがわかってないの ?
私はちょうどお風呂に入ってた時で、すぐに母とタクシー探して急いでもらったけど
間に合わなかった・・・・。
もう二度と行きたくない、あの病院。
夢の中にいるような時間 日々
経済的に余裕が全くないので、最低のラインの見送りしか出来なかった。
遺影もお坊さんの読経もナシ、絶縁してる父方の親戚は誰もいない、血が繋がってるのは私だけ。
でも母の兄弟姉妹、従兄弟がとてもよくしてくれて嬉しかった。
念仏も従兄弟が音頭を取って唱えてくれたそうだ。よかったな、お父さん・・・・
私は支払いをしたり説明を聞いていてその場にいられなかったのが、とても残念で申し訳なくて。
あとで聞いて号泣。ありがたい、本当にありがたい。親族の心のこもった念仏に送られて父は幸せ。
お父さん・・・・いっぱい宿題残していって、私はどうすればいいのよ。
この3年、酸素とベッド生活で何も出来ないと嘆いていたけれど、
今は自由でなんでも出来るでしょう?
私を助けてよ、上手くことを運ばせてね、頼むよ。
お母さんと私は生きていかなければならないんだから。
今頃ノアが肩に乗って、とんとんとんとん肩叩きしてるかな、ひげをぶちっぶちっと抜いてるかな。
お父さんが大好きだったボタンのりんりんが手に乗って、ぴぎゃあ、喜んですりすりしてるかもね。
お父さんが助けた たくさんの鳥たちに囲まれてるかもしれないな。
ずっとマラソンしてるような、溺れてあっぷあっぷしてるような苦しい呼吸から解放されて
やっとラクになったね。
生き地獄だったものね、生きる基本である呼吸が上手く出来なくて。
それでも3年間、本当によくがんばったね、お父さん。
今は好きなカラオケを大きな声でいっぱい歌えるよ、
あちこち車で走って飛ばして、
特許を取りたいとずっと言ってた無公害のピストンも作れるやん。よかったな。
苦しいから背中がずっと屈んでいたけれど、
解放された父は、178センチの背の高い足の長いスマートな父に戻って旅立って行った。
顔も若返ってたよ、お父さん。
鼻にわずらわしい酸素のカニューラをしなくていいし、久しぶりですっきりしたね。
お父さん お父さん また会おな、お父さん、お父さんっ !
棺が火葬炉に入っていく時の、叫ぶ私の声が聞こえた ?
お父さん、こんなに急に別れが来るなんて、思ってもみなかったよ。
あれこれあって、ずっと責めるような態度できてしまった、もっと優しくしてればよかった。
後悔しても、もう遅いもう遅い。
一人娘の私への愛情はずっと感じてた。私は特別な存在だったんだよね、わかってる。ありがとう。
酸素や介護ベッド、車椅子を引き取りに来られて、なんだかこの苦しんだ3年間が嘘のよう。
3年間はなくて、昔の元気なお父さんの姿が浮かんでくるもん。
また昔へ戻ったよう・・・・ でも・・・・昔へ戻りたいけど、そうもいかない、前へ進まなきゃ。
お父さん、残ったものはこれからが大変なんだから、
お母さんとジョイ達と私を守ってよ。頼んだよ。頼んだよ。 お父さん。
2008年11月8日 0:57 79歳
たった一人の父親がこの世を去った。 最期は間に合わなかった・・・・
直接の死因は、 「 慢性呼吸不全急性増悪 」
肺気腫で気胸の手術もしており、5分の2しか働いていなかった肺。
肺炎は命取りになるから気をつけてと言われていたけれど、その通りになってしまった。
11月2日 日曜日の早朝、
救急車を呼び、前に二回入院した病院へ行って下さいと頼んだけれど連絡したら断られ、
次に探した病院にも拒否され、その次に電話した病院がやっと受けつけてくれて入院。
でもこの病院が嫌いだったんだよね、私も慣れてる前の大きな病院へ移動させたかった。
でも弱ってきて移動は無理になりそのままそこで。
もしも前の病院なら助かったんじゃないかと思ったりして・・・・
11月7日 夜10時頃に急変したらしいけれど、電話がかかってきたのは0時頃だった。
遅いよ、家が遠くてすぐには行けないのがわかってないの ?
私はちょうどお風呂に入ってた時で、すぐに母とタクシー探して急いでもらったけど
間に合わなかった・・・・。
もう二度と行きたくない、あの病院。
夢の中にいるような時間 日々
経済的に余裕が全くないので、最低のラインの見送りしか出来なかった。
遺影もお坊さんの読経もナシ、絶縁してる父方の親戚は誰もいない、血が繋がってるのは私だけ。
でも母の兄弟姉妹、従兄弟がとてもよくしてくれて嬉しかった。
念仏も従兄弟が音頭を取って唱えてくれたそうだ。よかったな、お父さん・・・・
私は支払いをしたり説明を聞いていてその場にいられなかったのが、とても残念で申し訳なくて。
あとで聞いて号泣。ありがたい、本当にありがたい。親族の心のこもった念仏に送られて父は幸せ。
お父さん・・・・いっぱい宿題残していって、私はどうすればいいのよ。
この3年、酸素とベッド生活で何も出来ないと嘆いていたけれど、
今は自由でなんでも出来るでしょう?
私を助けてよ、上手くことを運ばせてね、頼むよ。
お母さんと私は生きていかなければならないんだから。
今頃ノアが肩に乗って、とんとんとんとん肩叩きしてるかな、ひげをぶちっぶちっと抜いてるかな。
お父さんが大好きだったボタンのりんりんが手に乗って、ぴぎゃあ、喜んですりすりしてるかもね。
お父さんが助けた たくさんの鳥たちに囲まれてるかもしれないな。
ずっとマラソンしてるような、溺れてあっぷあっぷしてるような苦しい呼吸から解放されて
やっとラクになったね。
生き地獄だったものね、生きる基本である呼吸が上手く出来なくて。
それでも3年間、本当によくがんばったね、お父さん。
今は好きなカラオケを大きな声でいっぱい歌えるよ、
あちこち車で走って飛ばして、
特許を取りたいとずっと言ってた無公害のピストンも作れるやん。よかったな。
苦しいから背中がずっと屈んでいたけれど、
解放された父は、178センチの背の高い足の長いスマートな父に戻って旅立って行った。
顔も若返ってたよ、お父さん。
鼻にわずらわしい酸素のカニューラをしなくていいし、久しぶりですっきりしたね。
お父さん お父さん また会おな、お父さん、お父さんっ !
棺が火葬炉に入っていく時の、叫ぶ私の声が聞こえた ?
お父さん、こんなに急に別れが来るなんて、思ってもみなかったよ。
あれこれあって、ずっと責めるような態度できてしまった、もっと優しくしてればよかった。
後悔しても、もう遅いもう遅い。
一人娘の私への愛情はずっと感じてた。私は特別な存在だったんだよね、わかってる。ありがとう。
酸素や介護ベッド、車椅子を引き取りに来られて、なんだかこの苦しんだ3年間が嘘のよう。
3年間はなくて、昔の元気なお父さんの姿が浮かんでくるもん。
また昔へ戻ったよう・・・・ でも・・・・昔へ戻りたいけど、そうもいかない、前へ進まなきゃ。
お父さん、残ったものはこれからが大変なんだから、
お母さんとジョイ達と私を守ってよ。頼んだよ。頼んだよ。 お父さん。





⇒ 冴夜花☆ (05/15)
⇒ くろあき (05/15)
⇒ 冴夜花☆ (05/12)
⇒ ruu (05/12)
⇒ うにのん (05/12)